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豊玉姫命の恋の物語伝説の舞台

青島神社

宮崎市青島2-6-33

青島神社:(宮崎市青島2-6-33)

白い砂浜の海岸から、白い橋が一気に日向灘に突き出ている。先端には熱帯樹林に覆われた神の島青島がある。

島の周囲一帯は実に面白い岩模様に囲まれている。干潮になれば、本土と繋がる陸繋島となるが、岩肌はのこぎり状の波状岩となっており、よほどの用事でもなければ渡る気はしない。少し下りてみたが、歩くのも大変だ。 橋も土台は相当古いのであろう。石積である。 日向という国の名の由来は、太陽が昇るからだというが、そういう意味でもここは、記紀の時代より神霊の場として崇拝されてきたのだろう。

>白浜の中の参道

白浜の中の参道

参道橋

参道橋

波状岩

波状岩

海岸沿いの大鳥居

海岸沿いの大鳥居

神社入口

神社入口

御祖神神社

御祖神神社

手水舎

手水舎

本殿

本殿

御神水器

元宮

祭神/ヒコホホデミノミコト(山幸彦)、トヨタマヒメ(豊玉姫、山幸彦の妻、海神の娘)、シオツチノオキナ(塩土の翁)

この社殿は彦火火出見命と豊玉姫命の恋の物語伝説の舞台である。神社の成立ははっきりしないが、9世紀初めにの嵯峨天皇時代には青島大明神として崇拝されたと社殿にある。その後中世・近世を通して、伊藤氏の信仰が篤く再興がなされてきた。青島は霊場として藩の島奉行と神職が入島し、一般の入島は旧暦の3月16日の島開きから3月末日までの島止め祭りの間のみ許されていた。

1737(元文2)年、宮司長友肥後が一般の入島を藩主伊藤氏に願い出て許可されてからは、他藩からの参詣者も加わり、大いに賑わうこととなった。


天の平瓮

天の平瓮

■天の平瓮(ひらか)投げ(一枚200円
ここ本宮は古代の臨時祭祀の跡として伝えられる聖地である。この処より、割れた弥生式土器が多数主度している。土器の皿は、祭器の一つであり、平瓮という。「日本書紀」神武天皇条には、天平瓦80枚を作り、厳瓮(いかへ)(神酒を入れる瓶)を作り、天神地祇を敬いなさい。また身を清めて呪文を唱えれば敵は自然に降伏するであろう。」とある。以来素焼きの盃をかわらけと称し、朝廷にても古くから用いられ、神宮神社に於いても主として土器を用いてきた。身を清め磐境に天の平瓮を奉づれば吉凶が占われる。即ち磐境に投げ入れれば心願成就し、天の平瓮が割れれば開運厄秡になるとされる重要な天の平瓮神事である。


祈りの古道

祈りの古道

■祈りの古道 「絵馬とは・・・」
古くは神馬を奉納していたが、馬は高価で献納することがすることが困難であった。そこで馬小屋の形の木に神馬の絵を描き、感謝の言葉を伝えるために奉納したこと阿が始まりとされている。 青島神社では本宮の参道に絵馬掛をを設けている。


鬼の洗濯岩

鬼の洗濯岩

■鬼の洗濯岩
青島周辺の岩盤は、新第三世紀(2400万年~200万年前)に海床に規則的に堆積した砂岩と泥岩の互層が傾き海上に露出したものが、波の浸食を受け、堅さの違いにより凹凸を生じたものである。青島周辺及び日南海岸の戸崎鼻から巾着島に至る海岸に見られ、俗称「鬼の洗濯岩」と言われている。固い砂岩と軟らかい泥岩が繰り返し積み重なった地層)が隆起し、長い間に波に洗われ、固い砂岩層だけが板のように積み重なって見えるようになった。


亜熱帯植物群落

亜熱帯植物群落

■青島の亜熱帯植物群落
昭和27年3月29日指定 この地域は、黒潮が近海を流れ、温暖な気候で雨量の多いところである。 青島には、そうした気象条件のもとに多くの亜熱帯植物が繁茂しており、その代表植物であるビロウの成木は約5000本あり、最高樹齢は350年と推定される。


青島の裸踊り

青島の裸踊りの動画を見つけた。

(YOUTUBE)

編集後記

有名な「鬼の洗濯岩」、広大な波状岩海岸、なかに一点突き出た緑の島、 前回ここを訪れたのは、二十数年前である。記憶に残っているところもあるが、真新しいことも幾つもあった。だがこの波状岩と神社の森は変わっていない。自然は永久なんだね。

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